ブハラ

ブハラ観光情報

​古い遺跡が残る落ち着いた町ブハラ

国土の真ん中あたりに位置するブハラ。かつてシルクロードの中継地として、またイスラム文化の中心として栄えた町です。

歴史は古く、紀元前3世紀には砦が造られた町だったと言われています。9世紀にはサーマーン朝の首都となり、文学や学術の中心として栄え、世界的有名な自然科学者イブン・シーナ(アヴィセンナ)やイスラム教のハディースを収集したアル・ブハーリーを輩出しました。

また16世紀からはシャイバーニー朝の首都となった後、20世紀初頭までブハラ・アミール国(ブハラ・ハン国)の首都として位置づけられ、商店街やモスク、メドレセが造られました。

そして各地からイスラム教徒が巡礼や修学のため訪れるようになり、「聖なるブハラ」と呼ばれるようになりました。
落ち着いた静かな雰囲気のブハラは1993年に世界遺産に登録されています。
ブハラは郊外の遺跡以外は徒歩で回れます。
人口も少なく、観光地の旧市街はシーズン中観光客でにぎわいます。
一日もあれば、主要な観光地は回れますが、スザニなど日本人好みの色の雑貨を見つけやすい街なので、雑貨を買いたい人には時間が足りなくなるかもしれません。

ブハラの見どころ

ナディルディヴァンベギ・メドレセ

ブハラ旧市街の中心にあるのがリャビ・ハウズの横にあるメドレセ。1622年ブハラ・ハーン国の大臣ナディール・ディヴァン・べギによって作られました。
中はお土産屋になっており、観光シーズンは中で民族舞踊ショーを見ることができます。
入口のアーチには、平和を表す鳳凰が白いシカを掴んで、顔のある太陽に向かって飛んでいる絵が描かれています。
もともとは旅人の休憩場キャラバンサライとして建てられましたが、王様が「すばらしいメドレセだ!」と言ったため、急遽メドレセにしたと言われています。

白鳳がシカを追う姿が描かれたブハラのメドレセ

マゴキ・アッタリ・モスク

周囲よりも低い場所に建てられ、茶色い土色の建物のモスクは、1936年ロシアの考古学者によって発掘されたモスクです。
6世紀ごろまでには仏教寺院があり、周辺では土製の偶像や薬草が売られていたそうです。
その後、イスラム教が侵攻し、モスクが建てられました。

ブハラの茶色い土色のマゴキ・アッタリ・モスク

ウルグベク・メドレセ

サマルカンドにあるウルグベク・メドレセ同様、ウルグベクによって建てられたものですが、実はブハラのこのメドレセの方が古いものとなります。1418年に建てられたのは、当時ブハラで勢力をもっていたナクシュバンディー教団の支持を得るためだったと言われています。入口には『向学心こそ、ムスリムになくてはならない』と、ウルグベクらしい言葉が彫られています。

現存する中央アジアで一番古いメドレセで、内側も修復があまりされていません。ウルグベクの学問に対する想いが込められたメドレセです。

ブハラの最古のウルグベクメドレセ

アブドゥールアジズ・ハン・メドレセ

ウルグベク・メドレセの正面にたつ装飾がきれいなメドレセ。ウルグベクメドレセよりも200年あとに建てられ、トルコやインドネシアの装飾の影響がみられる建築スタイルです。入口のアーチ部分の装飾が色鮮やかでとてもきれいです。

カラフルな装飾がきれいなブハラのメドレセ

ミル・アラブ・メドレセ

ソ連時代にも開校を許されたイスラム教の神学校。今でもここに泊まりながらイスラムの教えを勉強する学生がいます。
1階が教室になっており、2階が寄宿舎になっているそうです。

青い2つのドームをもったブハラの神学校

カラーン・ミナレットとカラーンモスク

カラーンとは大きいという意味。その名のとおり、カラーン・モスクは1万人を収容できるモスクで、8世紀アラブ人によって建築されて以来、金曜モスクとしての役割を果たしていました。しかし13世紀、チンギス・ハーンによって破壊されてしまいます。現在のモスクはシャイバニ朝時代、1514年に建てられたものです。

またすぐ隣にあるカラーン・ミナレットは1127年に建てられて以来、ブハラの象徴となりました。
高さ46メートルのミナレットは、チンギス・ハーンにも破壊されませんでした。近くにいってみると、統一された模様ではなく、少しずつ異なった模様でできていることがわかり、当時の建築技術の素晴らしさが分かります。

ウズベキスタンのブハラ遺跡

アルク城

『アルク』とは城塞という意味で、5世紀から20世紀初頭までブハラの支配者の居城地でした。そのため、幾度か戦闘の場となり、その度に形は変わってきましたが、今ある形は18世紀に造られたものです。1920年にはソビエトの赤軍とブハラ・ハン国で大規模な衝突があり、焼失してしまったため、石造り部分しか残っていません。
正面入口から入った場所は昔、囚人が収容された場所であり、現在は人形で当時の姿が再現されています。そして中に進むとモスク、博物館、王座の間などがあります。王座の間は当時王に背を向けることは不敬とされていたため、入口のすぐそばに壁が設けられています。

博物館では古代から中世期までのブハラを知ることができます。またアルク城の前にあるレギスタン広場では歴代、王に反する市民たちが処刑された場所でもあったそうです。

土色の城壁に囲まれているアルク城

ボラハウズ・モスク

アルク城の正面、道をはさんだところにある建物。1712年に建てられた王様専用のモスクだったそうです。入口は高いくるみの木が20本立っており、天井がカラフルでかわいらしい装飾です。

くるみの木の入り口がユニークなブハラのモスク

イスマーイール・サーマーニー廟

875年から999年の間続いたサーマーン朝時代、2代目君主のイスマーイールが父親のために建てた霊廟です。しかし、その後彼自身や彼のたち孫たちも葬られました。サーマーン朝が滅びた後、土に埋められたため、モンゴル軍などに破壊されることなく、1925年に発見されました。
イスラム教、そしてゾロアスター教2つの特徴が現れている建築物であり、4隅にあるドーム、4つのアーチ、また火を焚く祭壇はゾロアスター教の影響だと言われています。また、外壁の煉瓦は、太陽の角度により色が異なるように見えるようになっており、当時の幾何学の発達が思い知らされる場所でもあります。そのため、考古学者や建築家にとっても、興味深い場所です。
現存する中央アジアのイスラーム建築で一番古いと言われています。

レンガで9世紀に作られた建築物

チャシュマ・アユブ

チャシュマとは泉、アユブとは預言者ヨブのことであり、ヨブの泉という名の建物。かつて、ヨブがこの地を訪れたとき、杖で叩いたところ、地面から水が湧き出て、砂漠で水不足に苦しむ人々の助けになったという伝説がある場所です。

そのため、現地の人々にも人気の観光地になっています。12世紀に円錐の屋根が建てられ、その後14世紀には真ん中のドームが、16世紀に手前側のドームが造られたため変わった形の建物になっています。

ブハラにある三角屋根と丸いドームの建物

おすすめ工芸品

やはりブハラのおすすめと言ったら「コウノトリのハサミ」。
ブハラでしか作られないのは、大きいタイプのハサミです。
元々は金の刺繍の型紙を切るためとして制作されたハサミ。

いつの日かコウノトリのハサミとなり、ブハラの特産品に。
数か所の工房で制作しており、運がよければ制作している現場を見ることもできます。

ブハラ近郊の見どころ

ギジュドゥバン陶芸博物館

ブハラから車で20分ほど走るとつく、ギジュドゥバンという町に陶芸家アブドゥッロ・ナルズラエフ氏の陶芸博物館があります。その地で代々受け継がれてきた茶色い陶器の作り方やスザニ、絨毯の編み方の見学ができます。
スザニはザクロやくるみなど、自然の植物から染色された糸を使っており、他の町でみるスザニよりも薄い鮮やかな色で日本人好みのものが多いです。

白地に刺繍されたクッションカバー
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